はたらく双対性

コンパクト性と演算の有限性

(2019/05/06 20:42)


なんかブログ記事を書きたかったんですよね。
今回はコンパクト性と演算の有限性についてです。

ある空間があったとき、その性質を調べるために、その上の連続関数環や基本群といった代数を対応付けることがしばしばあります。 こうした対応付けの発想は、空間→代数の一方通行なものではなくもちろん逆の方向もあり、 例えば可換環に対して位相空間を対応付けたりします。

$A$を単位元をもつ可換環とします。可換環$A$に対して、位相空間$\mathrm{Spec}(A)$が次のように構成できます。 台となる集合としては、$A$の素イデアルを集めて \[\mathrm{Spec}(A)=\{\text{$A$ の素イデアル $\mathfrak{p}$ 全体}\}\] とします。$A$のイデアル$I$に対して、$I$を含む素イデアルの集合を \[V(I)=\{\mathfrak{p}\in\mathrm{Spec}(A)\mid I\subseteq\mathfrak{p}\}\] とおくと、イデアル$I,I'$に対して \[V(I)\cup V(I')=V(II')\] が成り立ち、またイデアル$I_\lambda$に対して \[\bigcap_\lambda V(I_\lambda)=V(\sum_\lambda I_\lambda)\] が成り立つことがわかります。ここで$II'$は$ff'$ ($f\in I,f'\in I'$)たちのなすイデアルで、 $\sum_\lambda I_\lambda$は$f_1+\dots+f_k$ ($k\in \mathbb{N}$, $f_1\in I_{\lambda_1},\dots,f_k\in I_{\lambda_k}$)たちのなすイデアルです。 ゆえに$V(0)=\mathrm{Spec}(A)$と$V(1)=\emptyset$とをあわせて、 $\mathrm{Spec}(A)$の部分集合族$\{V(I)\mid I:\text{イデアル}\}$は閉集合の公理を満たし、 $V(I)$という形の部分集合を閉集合とするような位相が$\mathrm{Spec}(A)$上に定まります。 この位相を$A$上のZariski位相といい、Zariski位相を備えた位相空間$\mathrm{Spec}(A)$を$A$のスペクトラムといいます。

このようにして、可換環に位相空間を対応付けられることがわかりましたが、 実はこの位相空間は常にコンパクトになることがわかります。 可換環に対応する空間は、コンパクトな空間なのです。

ここで位相空間$X$がコンパクトであるとは、任意の開被覆が有限部分被覆をもつときを言います。 すなわち$X=\bigcup_i U_i$なる任意の開集合の族$\{U_i\}_i$に対して、ある有限個の添え字$i_1,\dots,i_n$が存在して \[ X=U_{i_1}\cup\dots\cup U_{i_n} \] が成立するときをいいます。

さて、可換環$A$のスペクトラム$\mathrm{Spec}(A)$がコンパクトであることを示してみましょう。 $\mathrm{Spec}(A)$の開被覆$\{U_\lambda\}_\lambda$を任意に取ります。$U_\lambda^c$は$\mathrm{Spec}(A)$の閉集合なので、 $A$のイデアル$I_\lambda$を用いて$U_\lambda^c=V(I_\lambda)$と書けます。このことから、 \[ \bigcup_\lambda U_\lambda = \mathrm{Spec}(A) \] の両辺の補集合をとれば、 \[ \bigcap_\lambda V(I_\lambda)=\emptyset \] となります。ここで$\bigcap_\lambda V(I_\lambda)=V(\sum_\lambda I_\lambda)$だったので \[V(\sum_\lambda I_\lambda)=\emptyset\] となります。$A$のイデアル$I$が真のイデアルなら、ある極大イデアルに含まれ特に$V(I)\neq\emptyset$となりますから、 対偶を考えれば \[ \sum_\lambda I_\lambda=(1) \] となります。特に$1\in \sum_\lambda I_\lambda$なので、ある$\lambda_1,\dots,\lambda_k \in \Lambda$と $f_1\in I_{\lambda_1},\dots,f_k\in I_{\lambda_k}$が存在して \[1=f_1+\dots+f_k\] が成り立ちます。このとき、$\sum_{i=1}^k I_{\lambda_i}=(1)$であり、したがって \[ U_{\lambda_1}\cup\dots\cup U_{\lambda_k}=V(\sum_{i=1}^k I_{\lambda_i})^c=\mathrm{Spec}(A) \] となります。よって$\mathrm{Spec}(A)$はコンパクトであることがわかりました。

上の証明で、$\mathrm{Spec}(A)$のコンパクト性はどこから現れたのでしょうか。 開被覆$\{U_\lambda\}_\lambda$の添え字$\lambda$が有限個に落ちたのは、 $\sum_\lambda I_\lambda=(1)$の成立から有限個の$\lambda_i$を取り出して$\sum_{i=1}^k I_{\lambda_i}=(1)$となる ことを主張したところです。 この有限個の添え字$\lambda_i$は、$1=f_1+\dots+f_k$をみたす有限個の$f_i\in I_{\lambda_i}$に由来しています。 ではこの元$f_i$ないし添え字$\lambda_i$がどこから生まれたかというと、 イデアルの和$\sum_\lambda I_\lambda$が$I_\lambda$の元の有限線形和全体の集合 \[\sum_\lambda I_\lambda = \{f_1+\dots+f_k \mid k\in \mathbb{N},\> f_1\in I_{\lambda_1},\dots,f_k\in I_{\lambda_k}\}\] で定義されることからです。環の演算は有限的で、無限和を考えることができないことから、このような表示になるわけです。

このように、$\mathrm{Spec}(A)$のコンパクト性は、もとを辿れば環$A$の演算の有限性に起因します。 空間のコンパクト性は、演算の有限性の一つの現れと思えるのです。

ちなみに、このようなことは、ブール束から位相空間を作る場合にも当てはまります。 ブール束の演算は有限的で、ゆえに対応する空間はコンパクトです。 一方で、無限的な演算をもつ代数も考えることはできます(いわゆる普遍代数の理論です)。 代数が無限的な演算をもつとき、対応する空間は一般にコンパクトではありません。 例えば、フレームに対応する空間は一般にコンパクトではありません。

これ以上のことは、またの機会に……


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