圏論の技法を読んで
(2019/09/15 01:32)
中岡宏行著の「圏論の技法 -- アーベル圏と三角圏でのホモロジー代数」(日本評論社のページ)を読みました。この分厚さに対して誤植もほとんどなく、丁寧に作られているのがわかります。
せっかくしっかり読んだので、見つけた誤植を表にしてまとめました。すべてのページを読んだわけではないので、この他にも誤植があれば連絡ください。誤植表に加えます。
- 圏論の技法 非公式誤植表 (ver. 2019年12月08日)
圏論の技法とはどんな本か
圏論の技法は、加法圏・アーベル圏・完全圏・三角圏・導来圏に関する純粋な圏論の本です。いわゆる、環上の加群のホモロジー代数についての本ではありません。この本で扱うのは、アーベル圏や三角圏の一般論であり、4.4節など一部を除いて実用的な場合での応用について語られません。それゆえ、人によってはabstract nonsenseな本だと感じるかもしれませんが、アーベル圏論・三角圏論の本としてみればとてもよくまとまっていると思います。
僕は純粋な圏論の本として読めるのでその立場として感想を述べますが、圏論の技法は誤植もミスも行間も少なく、とても丁寧だと感じました。筆者の論理の展開にも不満はなく、必要な・重要な事実をしっかり押さえているように思います。あとで使うから、と話の流れから外れた主張をすることもありますが、後々の伏線になっていて楽しかったです。
加法圏やアーベル圏、三角圏に入門する和書として、価値のある本だと思います。
どんなことが書いてあるか
上でも述べた通り圏論の技法では、加法圏・アーベル圏・完全圏・三角圏の圏論的な一般論が書かれてあります。
一章と二章で、圏と関手の基本的な理論(米田・表現可能・極限・随伴)を解説しています(Kan拡張は書かれていないので、圏論の本ではないという説もあります)。ただ2.4節で圏の局所化を扱っていることには注意です。三章以降は、題の通り順に加法圏・アーベル圏・完全圏・三角圏・導来圏の理論を扱います。
加法圏やアーベル圏は、加群の圏ModAの持っていた圏論的な構造を取り出して定義されたもので、特にアーベル圏ではModAと遜色ないホモロジー代数が展開できることがわかります。ModAとの類似から、加法圏に対してその複体のなす圏や、それをホモトピー同値で割ったホモトピー圏といった加法圏も考えられます。
しかし、舞台となる圏がいつもアーベル圏といういい性質の圏であるわけではなく、アーベル圏よりゆるい構造でホモロジー代数ができればと思うわけです。そのときに扱うのが、完全圏です。完全圏とは、いいクラスの短完全列を備えた加法圏のことであり、アーベル圏は自然な方法で完全圏になります。そのなかでも、加法圏における複体のなす圏を抽象化した完全圏は、フロベニウス圏と呼ばれます。複体のなす圏からホモトピー圏を構成したのと同じような方法で、フロベニウス圏から安定圏が構成されます。
対して、ホモトピー圏に隠れていたもう一つの構造を取り出したのが三角圏です。アーベル圏での短完全列のもつ性質を一般化したのが完全圏だと思えば、アーベル圏の単完全列から長完全列が構成される枠組みを一般化したのが三角圏といえると思えます。ホモトピー圏は三角圏の構造を持ちますが、より一般にフロベニウス圏の安定圏が三角構造をもつことが示されています。フロベニウス圏の安定圏と三角同値な三角圏は、代数的三角圏と呼ばれます。
導来圏は、アーベル圏(より広くべき等完備な完全圏)のホモトピー圏を擬同型な射で局所化して得られる三角圏で、特に重要な三角圏のクラスです。導来圏については、その定義と導来関手の構成をして終えています。
以上のような圏の概念を定義し、その性質を調べるのが圏論の技法の目標だと思いますが、もう一つテーマがあるように感じます。それは環の森田同値と導来同値に関する事実の紹介です。環A, Bに対して、その上の加群の圏ModA, ModBが圏同値であるとき、A, Bは森田同値であるといいます。4.4節で、森田同値の環論的特徴づけを与える森田の定理が証明されます。森田同値をさらに緩めて、加群の圏ModA, ModBの有界な導来圏D^b(ModA), D^b(ModB)が三角同値になるとき、環A, Bは導来同値であるといいます。最後の7.3節を使って、導来同値の同値条件を与えるRickardの定理の証明を紹介しています。
どんなことが書いてないか
書いてあることを述べるのは読んだので容易いですが、書いていないことを述べるのは本に書いてある以上のことを知っていないといけないので難しい……
まず言えるのが上でも述べた通り、一般論ばかりで具体例に乏しく、実用の場でどのように使われるのかがわからないです。加法圏やアーベル圏は、だいたいModAのイメージで理解できますが、完全圏やフロベニウス圏・安定圏や三角圏は実際にどのような状況で現れるのか全く書かれていないので、モチベを保つのが難しいかもしれません。逆に言えば、徹底して道具としての圏論・ホモロジー代数の理論だけを展開しているといえます。
三角圏については入門的な内容がある程度書かれてありますが、t-structureや導来圏などの進んだ話はほとんど書いていないので、他の文献を読む必要があります。
またアーベル圏で、一般的なMitchellの埋め込み定理は証明していません。ゆえに、アーベル圏でのsnake lemmaやfive lemmaは元を取らず、射の議論で証明しています。
あとは、mono射を単射、epi射を全射、本質的全射を稠密と呼んでしまっている点は個人的に好きではないです。
敬老の日は圏論の日らしい(?)
今日はこのへんで